先日、始めて四週間くらい経っていたアルバイトを辞めた。私の作業スピードがベテランの人たちより少し遅いのを見たひとりの同僚が「お前は手に障害を持っているのではないか」と言い出し、最終的にその場にいた全員から障害者だと揶揄されたからだ。その時間、僅か十分程度だったと思う。たった十分で、私は「入社して一ヶ月足らずの新人」から「手に障害がある人」にされてしまった。
私はすごく悲しかった。この職場だったら、社会不適合者な私でもがんばってなんとか続けられるかもしれない、と思っていた矢先のできごとだった。
障害者扱いされた翌日、出勤するのがものすごくつらくて、なんとか職場には着いたものの、前日の件が頭から離れず、気づいたらいつも持ち歩いている抗不安薬をオーバードーズしながら泣いていた。そのまま帰るように言われ、泣きながら帰った。その後、電話で退職したいと言ったら「あっそーいいよーじゃーねーばいばーい」とだけ言われ、私の短いアルバイト生活は終わった。
家族に事の顛末を伝えたら「それはそんなことを言う職場の人たちがおかしいから辞めて正解だ」と言われた。だが、私はこうやってアルバイトを辞めるのが今年に入って三回目だ、ということを考えると、やっぱり私は社会不適合者なのだろうな、と思ってしまう。
一回目に辞めたアルバイトは事務職だった。上司に指示された作業をやっていると、指示したことを忘れた上司から「キチガイ」と言われ、心が折れて四日で辞めた。
二回目に辞めたアルバイトは病院での医療品の管理の仕事だったが、初出勤の日に職場に入った瞬間から「おっぱい大きい人が来た!おっぱい!おっぱい!」と連呼され、おっぱいの音頭を取るというおもしろすぎるセクハラを受けて心が折れて初日で辞めた。
「キチガイ」も「おっぱい音頭」も、今回の「手に障害がある」も、家族や友人などいろんな人から「辞めて正解だから気にするな」と言われたけれど、私がアルバイトを一年のうちに三回も辞めたという事実に代わりはない。「キチガイ」も「おっぱい音頭」も「手に障害」も、耐えられる人だったら余裕で耐えられたのではないのかなぁ、とどうしても思ってしまう。耐えられなかった私にも問題があるのではないのかなぁ、と。
そもそもなぜこんな思いをしてまで働かなくてはいけないのか。嫌な思いをすればするほど、働きたくなくなる。
私が働こうとする理由、それは私がオタクだからだ。オタクだから、行きたいイベントも観たい映画もほしいグッズもたくさんある。
もちろん、理由はオタクだからだけではない。人生の大きな目標もある。私は統合失調症という病気のため現在は短時間のアルバイトしか許可されていないが、いつかフルタイムで働けるようになったら職業訓練校に通って、最悪正社員じゃなくてもいいからフルタイムで働いて、ひとり暮らしをして、自立したい。その頃にはもうニーマガも卒業できるくらい働くことが苦痛じゃなくなって、普通の人と同じように働いて生きたい。そんな大きな目標もある。そのための第一歩を踏み出したくて、アルバイトを探してきた。
だが、三回アルバイトを辞めた今、「ままならなさ」を痛感している。職場側にも問題があったとはいえ、こんなにも私が社会に適合できないとは思わなかった。本当に、ままならない。病院の先生から短時間働く許可がおりた頃の、湧き上がるようなやる気はもう全然ない。
本当はそうなれたらいいけれど、私は文章を書いてお金を稼ぐことも、起業して自分で食い扶持を稼ぐこともできないということはわかっている。文章を書くのは好きだけど、才能がないからだ。それに、起業するための資金もやりたいこともない。だから誰かが作った会社に入って、アルバイトをするしかない。ままならなくても、仕方がない。
仕方がないから私は諦めないことにした。三回アルバイトを辞めたから何だ。四回目にチャレンジすればいいだろう。四回目がまたダメだったら、五回目にチャレンジすればいい。
この原稿を書いている現在、早速明日面接の予定が入っている。今度は皿洗いのアルバイトだ。その職場も、どんな職場かまだ分からない。もしかしたらつらくて厳しい仕事かもしれない。また嫌なことを言われるかもしれない。「ままならない」かもしれない。そう考えると憂鬱だ。社会不適合者なのに、なんで面接なんか行かなきゃいけないのかとさえ思ってしまう。
でも、挑戦してみようと思う。ままならなくてもいい。また辞めることになったとしてもいい。働きたくないのになんで歩みを止められないのか、今やっとわかった気がする。働くのが好きだからじゃない。働きたいからでもない。夢を、目標を叶えたいからだ。「ニーマガを卒業できるくらい働けるようになって、自立して生きたい」という夢を叶えるため。それが、私の働く理由だ。前に進むのは怖い。けど、また新しく一歩を踏み出そうと思う。

