山奥ニートと大切じゃないもの

石井あらた

10年間「山奥ニート」をしていた。

それを去年辞めて、名古屋という地方都市に引っ越した。

理由はいろいろあったけど、子供ができたと言えば皆納得する。

山奥の僕は、まさに理想的なニートだった。

好きな時間に起き、好きな時間に食べた。

山奥では10人前後でシェアハウスをしていた。住処は廃校となった小学校の木造校舎だ。生活費は月に2万円ほど。家賃はゼロ円。食料は業務スーパーでまとめ買いした。山奥にいるかぎり他に財布を出す機会はなかった。

広い家だから共同生活していても、自らリビングに赴かなければ人に会うことはない。その人口密度の低さが心地よかった。

地域住民と呼ぶべき人間は2人しかおらず、その2人とも「田舎の人」というよりは山奥の仙人というタイプだったので、自然体で先輩としてリスペクトできた。

ここは人間の生存圏の端。既知の世界の境界線を超えた、ウルティマ・トゥーレ。平家の落武者の伝説を信じるなら、平安時代にはここに人が住んでいたことになる。ここなら中央の目から逃れるにはぴったりだ。はぐれものが集まるにはちょうどいい。

お金がかからず、わずらわしい人間関係もない。そうすると、自分が大切だと思うことだけを大切にできる。ニートの理想郷だった。

土砂崩れや停電、倒木は慣れた。山奥では、住んでいるだけで命の危険に晒されている。救急車がつくまで、どんなに早くとも1時間はかかる。大怪我したら、取り返しがつかない。しかし、その命の軽さが、ひきこもりだった10年前の僕にはしっくり来た。我が身がかわいいのなら、山奥なんて来るべきじゃない。ここにあるのは甘美な破滅だ。インフラ整備が打ち切られてこの集落が文明から捨てられるか、日本社会が終わりを迎えて大衆の悲鳴を遠くに聞くか、どっちだっていい。山奥ニートはなんらかの終焉を待っている。

あなたを山奥ニートは受け入れる。いつまで住んでもいい。期限はない。いつ出てってもいい。すべてがどうでもいい。大事なものがある人は山奥ニートに向いてない。僕が山奥に持ちこんだ革ジャンは、1週間でカビに呑まれた。ここでは自然が支配者だ。おかげで物質的な欲望から解き放たれた。山奥には広告も無い。衝動買いする店も無い。自分をコントロールしようとするものは、自分以外無い。

山奥で、僕は世界一自由だった。そしてより純粋な自由を目指した。

花を買う必要はない。僕は空っぽの花瓶に、花を想像できる。時間と想像力があれば、お金が無くてもどんな事だってできる。真に大切なものは物ではない。幸せを得るのではなく、幸せを感じる心を手に入れる。

僕は資本主義に完全に勝利した。

子供が生まれた。

都会よりは涼しいとはいえ、山奥だって夏は暑い。エアコンの使用料100円を払えば冷房を使ってもいいことになっているが、これまで使う人はほとんどいなかった。暑いなら川へ行って、足を浸して涼んだ。

ところが、子供が生まれてからは夏の間、ほとんど毎日エアコンを稼働させるようになった。窓を締め切って、ブラインドを下ろし、少しでも冷房効率を上げる。エアコンの冷気が部屋に満ちると、木々から来る湿度は感じられなくなる。これまで、自然を受け入れて暮らすことが強さだと思っていた。どこでも暮らしていける人が一番強いのだと。けれど、か弱い乳児はそんな理念を共有してくれない。我が息子のあせもが赤く浮かんだ小さな首筋を見ていると、僕の本質主義こそが野蛮に思えた。

僕の山奥ニートには、ニーチェの超人思想やビートニク「打ちのめされた者(beat)こそが至高(beatific)である」という考えが背景にあった。両者に共通しているのは、社会の規範や通念を疑い、それをあえて踏み越える姿勢だ。ニーチェの「超人」は、既存の道徳を超え、自らの価値を創造する者だとされる。ビートニクもまた、戦後アメリカの繁栄と大量消費社会を冷笑し、落伍者の側に立つことで、別の豊かさを示そうとした。どちらも敗者や逸脱者を単なる負け犬とは見なさない。そこにこそ、自由や創造の源泉があると信じていた。僕は自分を重ね、世間の価値観から離れて暮らすことに意味を見いだしていた。

もっと簡単に言うなら、あれだ。古い歌で「葉っぱ1枚あればいい、生きているからラッキーだ」と歌っていたじゃないか。山奥ニートの哲学はこれに似ている。

ところが結婚したことで、女性なら3枚要ると気付いた。

子供が生まれて、葉っぱ1枚じゃ風邪を引くと心配になった。

コロナ禍の世間は「お前が葉っぱ1枚でいることで病気になったら、そのぶん医療リソースが割かれるじゃないか。健康でいろ」と言っていた。愚行権は認められるべきだ、と主張する事もできるが、あの2020年の空気ではそれが言えなかった。でしょ? みんなまだ覚えてるはずだ。あれ以降、世の中の流れは変わった。

そもそも僕の山奥の哲学は、自分が健康な若い成人男性であることに依存していたのではないか。「真に大切なもの」を追い求めるあまり、いつの間にかマッチョな根性論になっていたのではないか。

この世は大切じゃない事ばかりだ。美味しい食べ物も、住まいも、服も、顔も見たことがないSNSのフォロワーも、大切じゃない。でも大切じゃない事を大切にしないということは、この世のほとんどを大切にしないということになる。

山奥ニートを辞めて、僕と妻と子は古いマンションに引っ越した。

妻も僕も、本棚代わりに段ボール箱を使うくらい部屋の美観に興味がなかったが、間に合わせの部屋では子供に危険がある。子供の原風景になるのだし、これから10年ここに住むと考えて家具を一から揃えると決めた。

僕は物を買うのが恐ろしい。長年のニート生活の間、必要最低限しか買わないようにしていた。お金を使うことは敗北を意味するからだ。しかたなく物を買うときは、後悔しないようにウンと調べてからにする。

家具を買うにあたって、インテリアについてあれこれ調べるようになった。僕も含め、日本人のほとんどがインテリアの知識はレベル0だ。それがレベル1になるだけで、おしゃれなお店に配置してある物の意図が少しわかるようになる。解像度が上がると、楽しみ方がわかってきた。

おしゃれな人が高いアクセサリーを買うときによくこう言う。

「これを着けると気分が上がるから、そのためにお金を使うと考えれば安い」

商業主義に服従している犬め。

いやそこまで強くは思ったことはないけど、僕に遠い話だと思っていた。なぜなら、自分の精神をコントロールできるようになるのが大切なのであって、それを物に頼るようでは物が失われたときに精神の均衡も失われてしまうからだ。そしてすべての物は失われる。

だが人間は環境を変えることで発展してきた。畑を素手で耕している人を見たら思うだろう、クワを使えばいいのにって。クワを買ったからと言って、クワに依存していることになるだろうか。そりゃ何十本とクワがあるのに使う宛のない新しいクワを欲しがっていたら依存だろうが、1本のクワは純粋に便利な道具だ。「大切なのは畑を耕すことであって、クワを買うことじゃない」と言ってクワを買わずに素手で耕すのは馬鹿だ。

だから僕はクワを……家具を買った。IKEAで。

部屋はおしゃれになったよ。

今の僕は地方都市で子育てをしている。妻は会社員だ。子供の面倒をメインに見ているのは僕だ。専業主夫という言い方はあまりしたくない。しかしニートでもないだろう。

子供ができたことによって、僕の自由時間は大幅に減った。山奥ニートだった頃は、無限に広がる時間と選択肢の中で、好きな時に好きな事に没頭できた。それはまるで、自分には身体など無く、水槽に浮かぶ脳が観る夢のような感覚だった。すべてに現実感がない。何者にもなれる可能性はあったが、可能性がある事自体を楽しんでいるだけだった。

子供が生まれてからは、時間が自分のためだけのものではなくなった。選択肢は限りなく絞られ、自分の行動は常に家族の状況と結びついている。出かけるなら何日か前に妻にお伺いを立てて、子供を任せる準備をしてからだ。出かけた先でも、完全な自由じゃない。子や妻が病気になったら呼び戻されるし、帰った後はまた子供のお世話をしなきゃいけないから体力を残しておかないと。

僕は不自由になったが、世界と接続するようになった。僕がいないときも、子供の回りには世界があって、子供は成長し続ける。僕の見えない所に世界が存在するんだと確信できる。

ニート諸君、聞きたまえ。

僕は君たちが恋い焦がれるあの山の頂上に立ち、その向こう側を見た。しかしその向こう側は、桃源郷などではなくこちら側と同じような景色が広がっていた。だから僕は山を降りた。僕が言いたいことは伝わるだろうか。

自由なんて別に大切じゃない。資本主義は別に敵じゃない。悟りなんて大したもんじゃない。この世のほとんどの事は大切じゃない。ああでもそうだ。大切じゃないことも、大切にするべきなんだ。

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