キュクロープスの尻

白﨑

家の周辺に「尻毛橋」という橋があり、何かと思えば「尻毛」という地名があるらしい。尻毛て。くわえて上尻毛と下尻毛すらあるらしい。下尻毛て。

ちなみに尻毛は「しっけ」と読み、連れ合いに「いま尻毛らへんだからあと一時間で帰れそう」と送信する機会がふたつきに一回はあるくらいには主要な町だ。けっこう住みやすい場所らしく、尻毛の文字を住所にもつ家がたくさん広がっている。

そんな連絡をしたふたつきに一回が梅雨の時分に重なると大変だ。事務連絡的な他者に向かって「今日は湿気がひどいですね」と入力してみるとする。おせっかいなキーボードはご丁寧に「今日は尻毛がひどいですね」と変換してくださる。

「尻毛がひどい」!こんな文章を他者に放っていいわけがあるか。

この地域付近の人は程度が低くつまらない冗談で済ませてくれるだろうが、事情を知らない人は私のことをキショごみ変質者フォルダに放り込むだろう。尻毛いしました。

さて、この尻毛なる地名を近くにもつ町には二年前に引っ越してきた。

尻毛なる地名を近くににもつ町を初めてふらっと訪れ、なんだかここで暮らしていけそうだぞと引っ越してくるすこし前の私は、正社員という呪縛に疲れ切って志なかばでぶっ倒れた、どこに出しても恥ずかしくない正真正銘のニートであった(恥ずかしいことに今は週に三−四回、数時間だけ必要なぶんの仕事をしにいくフリーターである)。

休養期間と称して一切働かない生活は二年続いた。実家暮らしをしていたときにちょっとだけできた貯金を切り崩しながら、診断書があればめんどくさい手続きの末に得られる傷病手当金を足しつつ、日本各地をフラフラしていた。余談だが、心理的苦痛にあえぎ精神科に通院しながら二年以上正社員をがんばれば、傷病手当金の制度を使ってお金をもらいながら休むことができるということは、もっと知られてもいい出来事のひとつだ。

美術館と図書館、ダークツーリズム的資料館を探し出して足を運んだ。ひめゆりの塔や水俣病資料館にこもって日がな一日を過ごした。恥ずかしい話だが、なにか体系的な知識を得たかったわけではなくて、それ以外に興味が持てるものを思いつかなかった。長距離の運転が終わった夜に、安く度数の高いアルコール飲料を飲むこともあった。あまり正気でいたくなかった。

そんなことをしていたら当時いっしょに住んでいた人に「正社員として就職できるまで家に帰ってこないでくれ」とアパートを追い出され、あっという間に愛想をつかされ疎遠になった。毎週バッティングセンターで卓球をするくらい仲が良かったのに。どちらが先に必殺YGサーブを習得できるか研鑽を重ねていたのにだ。ぼろぼろのバッティングセンターの二階で、チョレイと叫びながら二時間も三時間も基礎練習に打ち込んだのに、別れは突然やってくる。

働く人は、働かない人を見て呆れ返る、たとえ六年間の親愛なる付き合いがあろうが。あなたが働く人だったら、チキータができようとできまいと、確実にそうする。

それから私は卓球のラケットを握ると蕁麻疹がでるようになり、堰を切ったように、さみしい自由に崩落した。ある時はスーパーカブにテントを積んで、ある時はETCのついていないハスラーに布団を積んで、強迫観念的に下道を走行して町なみを眺めた。どこもある程度は似ていたし、差異を見つけろと命令されればそれなりにとってつけた文句を思いつきそうな景色をしていた。高野秀行や角幡唯介、山さ行かねが、ノージョブフドウchに比べていかに何もおこらない、スケールの小さい旅だろうか。本当にどこにでもあるつまらない話だが、私は、凡庸なアバンチュールに癒されるささやかな凡人だった。

旅をする傍ら、マッチングアプリを使って地元の人と会った。初めてこの町に来たから魅力を教えてほしいと書くと、それなりの人間が興味本位でマッチしてくれた。

口喧嘩になって「大牟田の海に沈めてやろうか」とすごまれたこともあったが、基本的にはほとんどの人が友好的な態度で町のことを教えてくれた。ずっと地元にいるという人もいたし、数年前に転勤で来たという人もいた。前者は両義的な町の魅力についてよくわかっていたし、後者は相対的な町の魅力について明るかった。人が暮らす棲家をいくつか見て、ふむ、と考えた。あたりまえのことだが、TOKYO STYLEには載らないような家でも、とくに不満をおぼえずに暮らしている人がたくさんいた。安心した。

勘違いしないでほしいのだが、私は決して明るい人間ではない。人間関係がうまくいかなくてニートになるようなやつが、ひめゆりの塔にこもって半泣きで一日中体験談を読みふけっている人間が、外交的な人間であるはずがない。あれはどう考えても異常行動である。ゆくゆくは正社員で働かなければな、と逼迫する以外の選択肢をもたない閉塞的なこの町、崩壊したあとも尚老いてゆく形骸化した家族という呪いと、進学や新卒入社を用いて距離を取るのに失敗してきた私は、ここらへんでどうにかしないと一生このままだ、鈍色の空の下で日本中の人がかける眼鏡を製造するはめになるのだと焦っておかしくなっていた。

いろいろな人と会って、いろいろな町に行った。そのはてに、ここに住むことを選んで、今はこの町で暮らしている。尻毛という地名が近くにあるのはいただけないけれど、それなりに活気があっていい町だと思う。

尻毛なる地名を近くにもつ町とその住人は、この町は相対的に見て、観光客を移住者に変容させるような魅力を一才合切持ち合わせていない、と思っているようだった。そんなことは「織田信長はまだ生きている」と放言するくらいありえないことだ、と強く信じているようにみえた。長崎や高松に尾道や金沢と比べて、町の自己肯定感というのが地下水脈くらい低い町だった。

おかげで、珍獣を眺めるときのような、どこか自分の自尊心をくすぐってはくれまいか、と期待するいささか意地悪な口角から放たれる「どうしてこんなところに引っ越してきたの」という質疑応答に、何度も何度も取り組むこととなった。

どうしてだろうか。マチアプで会った人の中ではここに住む人が一番好感が持てたからかもしれないし、ふらっと寄った酒屋で「ここでバイトする?」と言われたからかもしれないし、いい古本屋があったからかもしれないし、美術館の常設展で見たルドンがとても良くて、帰り道に見た稜線の奥に、一つ目のばかでかい妖怪を見つけたからかもしれない。

とにかく、当時の私は、ここでならイヤイヤ仕事に赴いて、

ぼちぼち暮らしができると踏んだのだったらしい。

今は当初の目的通り、ぼけーっと暮らしている。

マチアプで出会った人とはすぐに縁が切れた。いくつかのアルバイトをやめ、いくつかのアルバイトをはじめた。今日はアルバイトに行かなくてはならないという日はふつうに憂鬱だし、イヤな客の相手をしなくちゃならなくなったときにしばくぞこいつくらいは思うけど、心は凪いでいる。あれほどあこがれた円環にほど近い。

いつか、仕事もなくなり貯金もなく、親友も失い孤独に煩悶する将来が待っているとしても、昔ひめゆりの塔で見た沖縄戦の惨劇に比べたら全然ましだ。客と政治の話をするのは楽しいから、すべてを諦めたわけではないし、この平和が続いてほしいが、とうぜん。

「この年齢のひとならば、このくらいは貯金がなくてはならない」というのは、POPEYE様やCasa様がが考えた青写真だと、最近やっと骨身に沁みた。もちろん、地方都市二万八千円アパートの隣人は、夜中に大声異国語パーティーを開催するし、週に二回はゴミ捨て場が大惨事になる。金がないならある種のことには目をつぶらなければならない、決定的に。金がないなら我慢をしなくてはならない。

よくよく考えてみると、知人は医者として成功を収めたり立派なアーティストになっていたりするのにも関わらず、この私はいまだに何者でもない。冷静に考えると惨めなことなのかもしれない。

まんがを無料で読みたくて、王様が拷問に合うパズルゲームの広告を見ていたら一日が終わっていた。しかしこの王は相当ひどい圧政をしてきたのだろう。でなければこんな窮地に陥るはずがない。犯人は明らかに苦痛にあえぐ姿を見たがっている。にこやかな顔で私欲を肥やしていたのだろうから、愉悦的拷問器具に閉じ込められている。欲はよくない。無欲無欲。内田春菊を読む。王様。内田春菊。王様。内田春菊。スイカゲームの海賊版。内田春菊。一日おわり。

はっきり言って死ぬほどダサい生活をしていると思う。でもしばらくはどうやってもだめだ。本当に何もしたくないし、本当に私には何もできない。たぶん向いていなかったんだと思う。「働きたくない」と心から思う。たとえそれがお金になろうがならまいが、趣味だろうが生きがいだろうが、全然やりたくないしやっていられない。ただ生活だけがある。無駄な生活。

安ワインを飲みながら、見切り品の豚ロースで自家製ハムを作ってみた。酔っ払っていたから温度管理が難しくて、生肉部分を食べて腹を壊したけど、次の日も休みだったしまるで問題なかった。

ジンギスカン焼肉屋の換気扇の下でダクト酒(排気される調理食品の匂いをつまみに酒を飲むこと)を嗜むのが好きだ。仕事帰り、プロジェクトの成功、花金、熱い仲間たち。別の世界線の私が中にいて、ダクトの下に佇む私に対して「ごくつぶし」と罵る。あんたは息つく間もないくらい忙しくて、暇を愛せなくて、いい気味だ。

平日昼下がりのスーパーで惣菜を買い、ガラガラのフードコートで本を読んでいるときとか、しみじみ生きていてよかったと思う。老夫婦が無料のお茶を飲んでくつろいでいる。なにかぶつぶつ喋っている人がいて、心の中で相槌を打つ。空いた空間に卓球台を置いて憩いのスペースにしている。ペンホルダーの痩身お婆さまが繰り出すスマッシュはなかなかのものだ。私にはもうレシーブできない。

町中を散歩しながら「オッ、ここでなら気持ちよく酒盛りができそうだ」という場所を見つけるたびに、琉球の飲兵衛たちがかならず装備しているらしい泡盛携帯用水筒「抱瓶」を売っているリサイクルショップに邂逅したいと祈る。外国みたいに規制される前に路上飲みを楽しんで死にたい。

医者になれなくてもアーティストになってチヤホヤされなくても、尻だ毛だと笑っていればそれなりに楽しい。

抱瓶をかかえて町を歩いて、この町のダクト酒マップを作りたい。酔っ払って歩いていると、山の向こうにはキュクロープスみたいな積乱雲が白く光るアタマをのぞかせて、一つ目のまなこでこっちをぼうっと眺めている。

別に冴えた暮らしじゃないけど、この町に住んでいるかぎり、それを望めばいつでも、県立美術館でルドンに会える。尻毛を通って見に行こう。

抱瓶を腰につけて泡盛を持ち運べる、というイラスト

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